足利晴氏御判御教書(晴氏公御書)

天文二一(一五五二)年
差出 足利晴氏
宛所 足利梅千代王丸(義氏)

古河公方・足利晴氏が子・梅千代王丸(後の義氏)に与えた家督の譲状。戦国時代、関東地方で後北条氏の影響が強まり、北条氏綱の娘(芳春院殿)を母とする義氏に家督を譲らざるを得なかった。


足利晴氏御判御教書
端裏

「(切封)」
御当家相続之儀、不可有相違之状如件、
 天文廿一年十二月十二日   晴氏(足利)(花押)
      梅千代王丸殿

読み下し文

御当家相続の儀、相違あるべからざるの状くだんの如し、