増田長盛書状(古河家家老衆江増田右衛門ゟ之状)

天正年間
差出 増田長盛
宛所 南美作守

氏姫うじひめと婚姻した小弓おゆみ公方の末裔・足利国朝くにともは、豊臣秀吉から下野国塩谷郡に知行ちぎょう宛行あてがわれ、喜連川を本拠とし喜連川氏を称した。国朝への知行宛行状あてがいじょうの添状とされる。天正期の文書に「塩谷」と記される貴重な史料。


増田長盛書状
釈文

今度於塩谷内
被仰付候御知行方、
御朱印相調、進之候、
御所務之儀、堅可
被仰付事、肝要候、
猶御上洛之節、
可得貴意候、此由
可有御披露候、恐々
謹言
     増田右衛門尉
十一月一日  長盛(花押)
 南美作

読み下し文

今度於塩谷の内において
仰せ付けられ候御知行方、
御朱印相調ととのい、これをまいらせ候、
御所務の儀、堅く
仰せ付けらるべき事、肝要に候、
なお御上洛の節
貴意きいべく候、此の由
御披露有るべく候、恐々
謹言